相続放棄と生命保険・退職金


この場合、保険契約で誰が受取人であるかを確認する必要があります。
被相続人(父)の財産を取得すると相続になりますが、契約、法律の規定に基づき取得すると相続にならず、相続放棄とも無関係です。 ケースを分けて考えます。
  1. 保険契約あるいは約款で特定の受取人が指定されている場合
    受取人指定の生命保険の場合、受取人は相続によって生命保険を受け取るのではありません。第三者のためにする(民法537条)保険契約により、固有の権利として取得するのです。
    相続放棄しても生命保険を受け取る権利はあります。また、生命保険を受け取ると単純承認(民法921条)とみなされたり、相続放棄ができなくなるといったこともありません。これについてはいくつかの判例があります。
    なお、この場合保険金は相続税法上は相続財産として扱われ、課税されます(相続税法3条1項1号)。
    なお、保険金受取人が、被相続人より先に死亡している場合は、(死亡した)保険金受取人の相続人全員が保険金受取人となります(保険法46条)。従って、この場合も、固有の権利として保険金を受取ることができます。
  2. 保険契約あるいは約款で受取人が「相続人」と指定されている場合
    1と同じ。
  3. 受取人が「被相続人」と指定されている場合
    この場合は保険金は相続財産を構成します。相続人が保険金を受け取ることは相続財産を受け取ること(相続すること)になります。
    相続放棄すると生命保険を受け取る権利はなくなり、生命保険を受け取ると単純承認とみなされます。
後遺障害保険金、入院給付金、通院給付金、傷害医療費用保険金の受取人は被相続人(父)です。これをあなたが取得すると相続とされます。葬祭費用保険金は、葬式の主催者が受取人ですから、相続ではありません。

判例
  1. 平成10年12月22日福岡高裁宮崎支部決定(家裁月報51巻5号49頁)
    (1)本件保険契約では,被保険者の被相続人死亡の場合につき,死亡保険金受取人の指定がされていないところ,保険約款には,死亡保険金を被保険者の法定相続人に支払う旨の条項があるところ,この約款の条項は,被保険者が死亡した場合において被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解すべきであり,右約款に基づき締結された本件保険契約は,保険金受取人を被保険者の相続人と指定した場合と同様,特段の事情のない限り,被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者である抗告人らのための契約であると解するのが相当である(最高裁第2小法廷昭和48年6月29日判決・民集第27巻第6号737頁)。
    かつ,本件においては,これと解釈を異にすべき特段の事情があると認めるべきものは,記録上窺われないし,抗告人らが本件保険契約による死亡保険金が被相続人のための契約と思い違いをしていても,これが特段の事情となるべきものではない。
     そして,かかる場合の本件保険金請求権は,保険契約の効力が発生した被相続人死亡と同時に,相続人たるべき者である抗告人らの固有財産となり,被保険者である被相続人の相続財産より離脱しているものと解すべきである(最高裁第3小法廷昭和40年2月2日判決・民集第19巻第1号1頁)。
     したがって,抗告人らのした熟慮期間中の本件保険契約に基づく死亡保険金の請求及びその保険金の受領は,抗告人らの固有財産に属する権利行使をして,その保険金を受領したものに過ぎず,被相続人の相続財産の一部を処分した場合ではないから,これら抗告人らの行為が民法921条1号本文に該当しないことは明らかである。
    (2)そのうえ,抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産である前記の死亡保険金をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである。また,共済金の請求をしたのは,民法915条2項に定める相続財産の調査をしたに過ぎないもので,この共済金請求をもって,被相続人の相続財産の一部を処分したことにはならない。
  2. 最高裁判所平成5年9月7日判決(判例タイムズ838号199頁)
    商法676条2項にいう「保険額ヲ受取ルヘキ者、相続人」とは、保険契約者によって保険受取人として指定された者(以下「指定受取人」という。)の法占相続人又はその順次の法定相続人であって保険者の死亡時に現に生存する者をいうと解すべきである(大審院大正10年(オ)第898号同11年2月7日判決・民集1巻1号19頁)。
    けだし、商法676条2項の規定は、保険金受取人が不存在となる事態をできる限り避けるため、保険金受取人についての指定を補充するものであり、指定受取人が死亡した場合において、その後保険契約者が死亡して同条一項の規定による保険金受取人についての再指定をする余地がなくなったときは、指定受取人の法定相続人又はその順次の法定相続人であって被保険者の死亡時に現に生存する者が保険金受取人として確定する趣旨のものと解すべきであるからである。この理は、指定受取人の法定相続人が複数存在し、保険契約者兼被保険者が右法定相続人の一人である場合においても同様である。
  3. 平成4年8月17日名古屋地裁判決(判例タイムズ807号237頁)
    保険金の受取人を「被保険者の相続人」と定めている・・・・搭乗者傷害保険の被保険者が死亡した場合、保険金請求権は第一順位の法定相続人が固有財産として取得し、相続放棄をしてもその請求権を失うものではない)。
  4. 昭和60年10月25日東京地裁判決(判例時報1182号155頁)
    保険金受取人を法定相続人と指定した傷害保険において第一順位の法定相続人が相続放棄した場合でも右相続人が保険金請求権を有する



    一月前に亡くなった父の死亡退職金が振り込まれました。中小企業とはいえ、社長だったので2000万くらいありました。しかし、父は他に多額の債務があり、家族は相続放棄するつもりなのですが、この死亡退職金は受け取っても問題ないでしょうか?また、受け取っても問題なければ、相続税はいくら位になるのですか。

    (30代:男性)
    A.

    死亡退職金が相続財産に含まれるかについては、その死亡退職金が、受給権者をどのように定めているかによって異なるので、場合を分けてお話します。
 まず、被相続人(本件の場合はお父さん)が受給権者であると定められている場合には、死亡退職金は被相続人の財産になりますので、当然、相続財産に含まれます。
そのため、このような場合には、死亡退職金を返納しないと、単純承認をしたとみなされてしまうおそれがありますので、注意が必要です(民法921条)。
次に、死亡退職金の受給権者が詳細に定められていて、それが民法の相続人とは範囲・順位が異なって定められている場合には、相続財産にはならず、受給権者固有の権利であるとするのが判例の考え方です(最判昭和55年11月27日)。
  このような場合には、相続放棄をしたとしても、受給者は死亡退職金を取得することができます。
最後に、そのような詳細な規定がなく、単に受給権者として「遺族」とだけ定められている場合には、考え方が分かれています。死亡者の相続財産もしくはこれに準ずる性質を有すると考える立場もあれば、受給権者たる遺族固有の権利であると考える立場もあります。
  ただ、死亡退職金が、もっぱら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的としているものであるといえることからすれば、受給権者固有の権利であると考えるべきであるといえるでしょう。
 ご相談のメールの限りでは、あなたのお父さんの死亡退職金が、受給権者についてどのような規定を置いているのか、定かではありません。支給規定をよく確認してみましょう。
判断がつかない場合は、もう一度相談していただくか、家庭裁判所や法テラスなど、専門機関に相談してみてください。
なお、受取人が誰であっても、死後3年以内に支給が確定した死亡退職金は、「みなし相続財産」として扱われ、相続税の課税対象になります(相続税法3条1項2号)。
詳細については、国税庁のホームページである「遺族が受け取る死亡退職金」を参考にしてみてください。